【翻訳支援ツール】 部分翻訳の傾向と対策
この記事は(社)日本翻訳連盟の機関誌「日本翻訳ジャーナル」2005年5/6月号に連載したものです。
部分翻訳の傾向と対策
JTF 理事 久徳省三
分野によって違いがありますが、工業分野の取扱説明書や仕様書などの文書の翻訳需要は、部分訳が主流になっています。
つまり、旧製品の説明書や仕様書の訳文を活かし、新製品で変更された箇所だけを翻訳することです。
これは我が国だけの現象ではなく、世界中で見られる現象です。
本来なら書類は最初から最後まで同じ人が書くべきもので、それでも数日かけて書く場合、整合性を保つことは困難です。まして、部分訳の場合は何らかの対策を講じないかぎり整合性を保つことは不可能でしょう。
一方、整合性に欠ける文書ほど見苦しいものはなく、企業の品位を傷つけます。特に取扱説明書の操作の表現が異なると故障の原因になることがあります。
以下に、和文英訳を例に、翻訳者の立場からみた現状と考えられる対策を提案します。
■ 不整合の例
たとえば、旧版の取扱説明書の箇条書きページに "Input xxx data" という英訳文があり、そのページに「yyy データを入手」と「zzz 規制面を入手」という新版の原稿が支給された場合です。
旧版で「入手」を "input" と訳してあるのがわからないかぎり、翻訳者は「入手」を "input" とは訳すことはないでしょう。通常 "acquire, obtain, gain" などと訳すと思います。ところが、この2行だけ "Acquire" で他の数行が "Input" であれば、かりにそれが正しくても不自然な英文書類になります。「~以下」も "less than ~" と訳すか "~ or smaller" と訳すかは翻訳者によって異なります。
■ 現状
翻訳会社によっては、発注原稿に前加工をして、翻訳不要箇所は前版の英訳文を記載し、翻訳必要箇所に和文を残した原稿を支給なさいます。全部和文で、翻訳必要箇所だけ色を変えた原稿を支給なさる会社もあります。
いずれも膨大な時間と手間がかかる作業ですが、後者の場合は費用をかけて前加工をしたにもかかわらず、訳文の整合性を保つことはできません。
■ 部分翻訳の [先駆者]
IT分野は、マニュアル類を得意とする米国で需要が発生したので、ソースクライアントは用語集やスタイルガイドとよばれる表記法を支給していました。
当初から部分翻訳を念頭においていたので、TRADOS が実用化されたときは翻訳メモリーをフルに活用して訳文の整合性を保っています。
■ 対策
本書をお読みの方はご存知と思いますが、TRADOS の WinAlign という機能を使うと、旧版の原稿と訳文があれば、ソフトウェアが自動的に対訳文例集を作成してくれます。
その文例集は翻訳メモリーとして、新版の翻訳に使用することができます。時間がかかる前述の前加工をやる必要はありません。
翻訳会社は、翻訳者に新版の原稿と翻訳メモリーを支給すれば、翻訳者は「入手」を "input" 以外の訳語に訳すことはなく、整合性は保たれます。
■ 問題点
TRADOS は複雑なソフトウェアで簡単に操作ができないのと、高価なので翻訳者は敬遠しがちです。また、翻訳メモリーとの一致率によって翻訳料金が安くなるのに抵抗を感じている翻訳者が多いようです。
数年前までは、翻訳会社が翻訳者に TRADOS を支給していました。最近は TRADOS 社の方針が変わったのでそれができません。
■ 解決策
幸いに、いままで機械翻訳ソフトを開発していたソフトウェアメーカーが翻訳メモリー機能を加えた製品を販売するようになりました。また、TRADOS より操作が簡単な翻訳メモリー機能だけのソフトウェアも低廉な価格で販売されています。
翻訳メモリーを作成する手間はたいへんですが、作成した翻訳メモリーをソースクライアントにチェックしていただくと、旧版の訳が不自然な箇所の訂正もできます。
翻訳会社は、クライアントがチェックなさった翻訳メモリーと新版の原稿とを支給し、操作が簡単な翻訳メモリー機能だけのソフトウェアを翻訳者に貸与すれば、整合性は保てます。
翻訳文の品質は、とかく言語学的品質にこだわる傾向にありますが、実務文書では用語の統一や表記の整合性の方が重要と思います。
会社によって条件が違いますが、事情が許す範囲でご検討ください。 「完」


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